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 ■ 記憶 (921) 2011.11.18

 
 
 秋の野に柿の実が、ほっ、ほっ、と灯っている。
 朝日を受けて、そこに風景は、じぶんの質点を集めているようだ。
 
 山のひらけたところに、大きなイチョウの木が立っている。
 風が走ると、斜めの光のなかを、黄金が散らばる。
 風はこのとき、一年で、一番の次元をひらく。
 
 稼ぎに山を下りる道すがら、様々な祝祭をみる。
 そこで時は止まる。
 生まれた意味も、死ぬ意味も、消滅する意味も止まる。
 
 ときどき轢かれた山のけものが、止まったままで誰何する。
 木々は裸になり、また氷雪が覆う。
 

 日々は過ぎる。
 色んなものが折りたたまれる。
 記憶も。
 
 
  ばっぱ、はらへった。
  ぺろ作ってくいろ、ぺろ。
 
 祖母が作る自家製うどんは、こども心にあまりうまくはなかった。
 台所は暗く、その壁となりは牛小屋で、
 牛はいつも薄日のなかで、哀しげに立っていた。
 
(ジェルソミーナが農家の納屋の薄暗がりで、障害のある子どもを見つける。
 そのシーンを見るとき、この牛小屋の風景を思い出す)
 
 祖父はよく村の往来の向こうから、酔って大声でわめきながら帰ってきた。
 
  おお、じょうまご、じょうまご、どれ、じっちのとこさこぉ。
  
 酔った祖父は私を抱き寄せて、無理矢理頬ずりする。
 
  じっち、痛で、いでくて、嫌んだ、じっち。
  
 髭跡が痛くて私は抵抗する。
 
 板を渡しただけの外便所には、拭き紙に新聞紙や雑誌が置かれていた。
 祖母は垂れた乳房をぶらぶらさせて、腰巻きひとつで風呂から上がった。
 
 夏のトウモロコシ畑。
 秋の稲刈り。
 畦で食べるにぎりめし。
 
 土間にはブリキのストーブがあった。
 冬はいつも薪柴が、かっかと燃えていた。
 その奥座敷に掘り炬燵があり、大人たちは会うといつも酒を飲んだ。
 
 中三の時だった。
 父と叔父が口論になり、父がいきなりビール瓶で叔父の頭を割った。
 祖母は激高する父を押しとどめようとし、逆に庭に突き飛ばされて腕の骨を折った。
 私は部活の柔道で、父を袈裟固めで地面に押さえた。
 叔父は血だらけで怒鳴っていた。
 祖父は黙って背中をむけていた。
 母はどうしていたっけ。
 月が出ていた。
 
 祖父は胃癌でのたうって死に、祖母は心臓発作で気がついたら死んでいた。
 
 ふたりとも飯舘村の小高い丘の墓地に土葬された。
 いまは土饅頭だけが残っている。
 

記憶
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