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 ■ 未来の亡者(914) 2011.07.20


 台風雨でぬかるんだ苗畑で草引き。
 雨の後は草が引きやすい。
 ポッドキャストでダウンロードした朗読ものを聴く。
 「きけわだつみのこえ」を初めて聴く。
 震災後の気分に近いものを、戦没学徒の手記に感じている自分に驚いた。
 
 いま多くの人たちは、
 国家が体制が企業が、とさまざまな陰謀論の作成に忙しい。
 
 だが被災地で感じることは、
 ただ、かけがいのないものたちが、
 ふるさとの海が山が風が土が、
 理不尽にいためつけられた、
 さらにこれからもそれが続くだろう、
 それに輪をかけて、
 私たちの身に沿わない言説が大手を振るうだろう、
 というやりきれない日常の変容、そんな現実の連なりだ。
 
 戦中、戦後が近しいものに感じる。
 自分が生まれ育ったあの高度成長時代や、バブルの浮かれぶりこそが、
 非現実のあぶくのようなものに思える。
 
 この連休に義母の一周忌で西日本へ出かけ、
 そのあまりの変容のなさに、
 私たちは未来から来た、
 ここは過去なのだと呟いた。
 私たちはいま未来にいる。
 それは戦没学徒の手記にすでにあった未来だ。
 これは歴史なのだろうか。
 
 昼飯時、たまたまみた能の所作のDVDを見て、
 これは死者の顔だ、
 能の舞手はそのままの亡者だ、
 来世を現世に次元を綾なして舞っている、
 と不意に思った。
 
 私たちの街はまだ道路が波打ち、海岸縁には瓦礫が山なし、
 発見されない死者が傷んでいる。
 この街で日常を送ること。
 魂を現世と来世の狭間に生きさせること。
 この歴史を生きること。
 亡者のままいきること。

 
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