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 ■ 植木畑 (908) 2011.04.24


 上天気の雨上がり。
 家の前の桜の古木から、花びらが舞い散り積もっている。
 地面がまぶしい。
 昼前、置き場の石を片付けて、午後から植木畑の除草をした。
 今年初めての草刈、草引き。
 毎年7回はやっている。
 ハコベ、オオバコ、ツメクサ、ナズナ、スズメノカタビラ、タンポポ…。
 この間まで凍土だったところに、緑のものが柔らかい。
 
 雨の翌日は、草引きにうってつけだ。
 土がゆるんで、根が引きやすい。
 引いた草は集めて置けばまた肥やしになる。
 
 地面に這いつくばって、土や植物に触れていると、
 気持ちの澱がほどけ、身体の毒が抜ける気がする。
 土にも草木にも色んな生き物がいて、たくさんの階層がある。
 それらが互いに関わりあって、たくさんのものを育て、死に、
 更新してゆく。
 
 この畑は6年前に、近くのイチゴと小松菜をやっている農家から借りた。
 年一回、松の手入れをすることで地代に替えてくれた。
 それから何度この畑で時間を過ごしたろう。
 原発が爆発したときもこの畑で木を植えていた。
 周りには誰も居ず、景色が妙に静まりかえっていた。
 
 あれからフクシマの百姓は大きな重荷を負ってしまった。
 米を買っていた南相馬の親戚も、今年は作付けできないという。
 畑を貸してくれた人も、風評被害と闘わなければならない。
 
 いったい、放射線がどれくらいのものか、
 それが人体にどれくらいの影響を及ぼすのか、
 しっかりしたデータを持っているものがどれくらいいるのかと思う。
 ほとんどが「放射線・放射能」という「言葉」に、右往左往しているだけではないか。
 その言葉が本当に、故郷や、仕事や、家族を捨てるに見合うものなのか、
 「自然」とは何なのか、
 「健康」とは何なのか、
 「生きる」とは何なのか、
 
 「放射能」という言葉と対峙して考えてみる必要がある。


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