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 ■ やまゆり (898) 2010.07.27


 飛行機は離陸するとすぐに山並みと青田の美しい地図を眼下に広げた。
 雲の向こうにはまだ雪を頂く山脈が見えた。
 思いもよらず空に上がっている。
 先ほどまで張り付いていた地表がどんどん遠くなる。
 妻は隣の席で静かに目をつむった。

 年に一度の東京への出稼ぎ仕事に4時起きして高速を走っていた。
 半分ほど来たパーキングでクルマを停めてすぐに妻の携帯が鳴った。
 携帯は妻の母の死を告げていた。

 妻は一週間前に、母の危篤を知らされて、広島に帰っていた。
 容態が少し安定したので、取り敢えず溜まった仕事をこなしに昨日帰ってきたばかりだった。

 急いで引き返して身支度を調え、空港へ駆けつけ大阪行きに飛び乗った。
 大阪から新幹線に乗り継ぎ広島へ、駅からタクシーで自宅へ、
 そうして母の遺体と面前した。
 
 母の死に顔は妻の妹が美しく化粧を施していた。
 口元が上がって微笑んでいるように見えた。
 ただ静かに眠っているように見えた。

 葬儀屋はなかなか出来た男だった。
 遺骸に敬意を払い、遺族を思いやり、それでいてビジネスも忘れていなかった。
 友達ではないのだから、プロはプロの仕事をきっちりしてくれるのが一番いい。

 通夜の前の「湯灌の儀」を執り行った女性二人の手さばきも見事だった。
 美しく舞うように死者の身体を洗い、髪を洗い、爪を切った。
 最後に娘ふたりがもう一度死に化粧をした。

 通夜も葬儀も予想以上の人が来た。
 坊主のお経も悪くはなかった。
 けれどそれはどこか「後の祭り」の感があった。
 死者を送るための、死を現実に組み込むための祭り。
 人間だけが祭りをする。

 火葬場で荼毘に付されるあいだ、母と同病の若い婦人の話を聞いた。
 母と同じように肺の難病を患った彼女は、
 肺移植をしてから別人のように元気になり、仕事にも就いた。
 「らーめんがすすれるようになりました」と笑った。
 それでも感染症のリスクからは逃れられない。
 未来は誰にもわからない。

 荼毘に付され、骨になった母を骨壺に入れる。
 たくさん入れた花々も思い出の品も焼けてしまった。
 若い係員が「これがのど仏です」と示した骨は、きれいに座禅する仏の姿をしていた。
 
 骨壺に納まった母の祭壇にはユリの花が飾られた。
 後片付けの妻を残し、私は元の生活を続けに阿武隈の山里に帰ってきた。
 道々には、今年もヤマユリの花がこぼれるように咲いていた。


山百合
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