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■ どんなにかいいだろう (935) 2013.07.16

どんなにかいいだろう
ぼくの指が白くのびて
ひとの見分けがつかないところにさわり
星のすきまから
ぼくやきみの戦場がみれたら
どんなにかいいだろう
ウイスキィに手を出すように
深夜ぼくはぼくを脱ぎ
もうなにも苦しまないように
哀しまぬよう願うのだ
いったい何が変わるのか
問いがないのに答えばかりが溢れ
真理を競っている
ぼくはたくさんの答えのなかで
涙あふれる

もう泣くことがわからなくなった
泣いている自分がみえない
涙をふき
鼻をすすり
夜明けを起きている
かなしいのではない
なにかが変わり
何かが終わったのだ
ひとびとはどこかへ走り
それから
ぼくはわからない

言葉が曲率をはじめる
夢からさめるように
言葉が呼吸を開始する
空に奥があり
たくさんの距離に耐えている


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■ 誰にも知られないように (934) 2013.07.16


誰にも知られないように言葉に近づき
ぼくやあなたの手足を伸ばし
たくさんの雲をつくり
たくさんの水をひろげ
酔ったような歴史をつくるのだ。

あなたの乳房は小さくて
日差しや夜にふるえている
あなたのうしろに指をいかせると
たくさんの声が
ひろがり、揺れた

言葉はもっと奥にあり
無限の空海にゆれている
(砂は熱く立つことができない)
いま若葉が風にそよぐのは
きみとは関係がないのか
言葉はきみとは関係がないのか
きみがゆけなかった空
きみが感じなかった風の方向へ
言葉はしずかに息をしている

言葉はけれど
どうでもよいではないか
ぼくがぼくのカタチを感じ
そのことがきみのカタチであるなら
走るものがあり
深とする空虚があり
そのことをきみとのあいだで感じることができたら

■ 相も変わらず (933) 2013.06.02


 
 
 生活の型。
 型を鍛える。
 相も変わらず。
 
 日々、日々の型に耐える。
 時おり、美しいものに出会う。
 出会えたらめっけもの。
 出会えたなら、
 出会えたなら、そこが花。
 
 この世がひとりなら、
 花など見ぬものを。
 
 


 ■ 一年半 (932) 2012.08.23


 
 残暑お見舞い申し上げます。
 
 またここをサボってしまいました。
 メールマガジン「まぐまぐ」は、半年発行を怠ると、
 自動的に配信停止されてしまうそうです。
 最低1000回はこの「日のすきま」を続けたいので、
 あわてて発行している次第です。

 サボった主因はまた庭作りが始まったからです。
 作り仕事をすると、「すきま」がなくなります。
 アタマのなかは石や土や植物や水のことで一杯になります。
 それはたぶん「幸福」なことなのでしょう。

 震災後一年半になろうとしています。
 盆休みに、警戒解除されたばかりの南相馬市小高区を見てきました。
 馴染みの町が映画のセットのように崩れたままでした。
 瓦礫片付けしていた住民の側に、
 「帰りたい、帰りたくない、どうする小高」と手書きの看板がありました。
 津波を被った農地は、腐った貝の臭いがしていました。
 これが私の古里です。
 
 まだ庭作りは終わらないので、発行が間遠になると思いますが、
 どうぞ気長にお待ち下さい。
 twitterでは時々つぶやいています。
 
 https://twitter.com/

 ■ 鳥 (931) 2012.02.23

 
 
 庭先で焚き火していたら、
 上空高く鷹が一羽静止していた。
 時おり羽ばたいて、気流を掴んでいる。
 あんなに高いところに鳥がいる。
 
 私は地表で火を燃やし、
 燃えたものが炭になり、
 ちろちろちろちろ熾になるのを見ていた。
  
 焚き火をすると、空気が暖められて、
 向こうの景色が揺らめいて見える。
 それは何の喩だったか。
  
 海の見える風呂で身体をほぐしていると、
 目の前の大ガラスにくっきりと、鳥の衝突した跡があった。
 水平線に、化石のように張り付いた鳥のかたち。
 
 鳥は恐竜の末裔だそうだ。
 鳥の目に孤独があるのは、
 中生代からの記憶が詰まっているからだ。
 
 アオサギは1mもある大鳥で、
 谷間を翼竜のように飛んでいる。
 ある日の夜、橋のたもとの外灯の下、
 舞台役者のように見得を切っていた。
 翌朝通ると、ゴミのように死んでいた。
   
 冬になると鳥の姿が目に付く。



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 ■ 冬の月 (930) 2012.02.07


 雨上がり、いつものグランドに上ると、
 山の端の月が群雲から出るところだった。
 満月に近い月が、暗い空の奥からこちらを照らしていた。
 なぜだか身動きが出来ず、しばらく見入った。
 
 きのうは山へ木を掘りに行った。
 杉の合間の雑木を掘る。
 足下のあちこちに春蘭
 連れて行った白い犬が、山の神のように駆け回る。
 すぐ横を地割れが走り、それに沿って、杉が倒れていた。
 向こうの谷からこちらの尾根まで、魔物が通った後のように。
 
 その前日は、竹を刈り出しに谷川へ行った。
 二年ほど間を空けたらひどく乱れていた。
 直線を愛おしむように竹を刈る。
 渡る風がしだいに整音される。
 夕暮れに雪がちらついた。
 
 今日は冬には珍しい大雨だった。
 家裏に作った物置にゆくと、あちこち雨漏りしていた。
 これも早く直さなければならない。
 薪割りは大体終わった。
 
 日々を鍛えなければならない。
 刻々毎日を刻んでゆかねばならない。
 お喋りはもういい。
 けれど気がつけばいつも喋っている奴がいて、
 言葉にはならない。
 

 
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 ■ 雪の後 (929) 2012.01.26


 きのうの午後、丘の上で腐葉土を掻き集めている時に、
 雪が降り出した。
 雪は瞬く間に村中を包み込んだ。
 放り出されたカブトムシの幼虫の脚がもがいていた。
 そこにも雪が降り積もった。

 雪は無音を重ね降り積もった。
 丘の上からは、谷間の景の三分の二は空だ。
 空と集落、
 それをただ雪が繋いだ。
 カブトムシは死ぬだろう。
 
 今日は、震災の三日前に港の寺に植えた桜の手入れに行った。
 枯れた枝を下ろし、根鉢を掘って肥料をやった。
 根腐れしているかと思ったが、細根が出ていた。
 か細い根の一本一本が、あれからの月日だった。
 海が光っていた。
 
 またあちこちで道路の補修工事が始まった。
 いつだったか片腕の土工を見たことがある。
 誰よりも機敏に動き、片手で上手にスコップを使っていた。
 それは路上の舞踏のようだった。
 
 年明け一気に仕事が薄くなった。
 毎日薪割りや片付けをしている。
 夏に伐採したミズナラの木を割ると、
 シロスジカミキリの成虫がたくさん出てきた。
 さんざん食い荒らして、結局外へ出ないまま、
 エイリアンのように眠っている。




冬 (640x593)

 ■ 夜明け (928) 2012.01.14

 

 松の内も明けて、いよいよ仕事始めという寒い午後、
 母が自殺を図った。
 携帯に、父から半泣きの電話がかかってきた。
 今、病院の処置室前だという。
 
 母は70歳。
 ここ十数年、鬱の症状を訴えていた。
 父が出かける前に、二階の母の寝室を覗くと、
 溜め込んだ睡眠薬をまさに飲み込んだ所だった。
 口に指を入れ、背中をたたいても吐かなかった。
 そのうち意識を失い、脱力した。
 父は老いた身体で二階から母を背負い下ろし、
 自車で病院に連れていこうとしたが、適わないので救急車を呼んだ。
 いま処置してもらっている、結果が出たら知らせると父は電話を切った。
 
 私はぼんやりと自分の感情を探していた。
 丁度出先から帰ってきた妻が内容を知り、
 「すぐに行かなきゃ駄目!」と、荷物をまとめだした。
 
 南相馬まで二時間半、妻が運転した。
 妻は雄々しかった。
 正月に通ったばかりの同じ道。ときおり吹雪いた。
 私の口からは、母への憤りの言葉ばかりが出ていた。

 子どもの頃から愛の薄いひとだった。
 結婚当初の苦労話の中で、
 「おまえは堕ろすはずの子だった」と言ったことがある。
 子どもの前で不用意な発言だと気づきもせず、
 母は自分の苦労ばかりを言いつのる、そんなひとだった。
 私はその時、自分の不安定な気質の説明がついたようで、
 妙に腑に落ちた。
 
 病院に着くと、胃洗浄を終えた母は、点滴に繋がれて寝ていた。
 側に憔悴した父がいた。
 母の命に別状はなかった。
 ただ看護士に、再発防止のために、今晩一晩付き添ってほしい、と言われ、
 妻と父を帰して、私ひとりが残った。
 
 病室には椅子しかなく、夜は暖房が切られた。
 二時間に一度くらいずつ、看護士が見回りにきた。
 この病院は震災と原発災害で閉鎖され、
 最近ようやく部分的に再開したと報道されていた。
 だがスタッフの士気は高く、気配りが行き届いていた。
 私は医療に対する不信があったが、このことに驚き、胸が詰まった。
 
 母は夜中に何度か目を覚まし、まだろれつの回らない口で、私と喋った。
 失敗した、と言った。
 あまり反省していないようだった。
 他人事のように冷静だった。
 ときおり皮肉な眼で私を見た。
 生きていても何もいいことはない。
 パチンコをしているときだけが嫌なことを忘れられる。
 遺書はもう読んだか。
 あれはもうずいぶん前から準備していた。
 生きることは地獄のようだ。
 
 母さん。
 自分のことばかり言いつのる母さん。
 私たちの何かを壊してしまった母さん。
 どんな暗い洞窟にいるのですか。
 
 それでも母は私が寒かろうと、自分のベットの毛布を使えといった。
 いつの間にか夜が明け、窓の外が白々と見えてきた。
 津波のせいか、海側の景色がずいぶん開けてみえた。
 水は病院のすぐ手前まで押し寄せた。
 この先の集落は壊滅した。
 墓地も流された。
 
 たくさんの悲しみが時の流れの中で立ちつくしている。
 それでも少しずつ時は何かを変えてゆく。
 あるものはただあるのではなく、関係のなかにあるものである。
 あるものが関係しているのではなく、関係としてあるのだ。
 止まったままの母の時が動き出しますように。
 悲しみがほぐれますように。
 
 

 

 ■ 誰何 (927) 2011.12.23


 寒くなった。
 それでも雑木山をさまようと、日だまりに落葉が暖かい。
 地べたに寝転んでも清浄な感じなのは、
 微生物が死に絶えたからだろうか。
 聳えるコナラを根元から見上げると、
 空への長い階梯。
 土と風と光と水の、
 関わった時の流れ。
 (流れ?)
 寒くなった。
 裸の幹枝が、
 冬の空を線描し、
 地べたのこちらを俯瞰する。
 (俯瞰?)
 わたしは枯葉に寝そべり、
 茫然と誰何(すいか)する。
 あなたは誰なのか。
 これらの流れを決めた、
 あなたは誰なのか。
 この方向は、何なのか。
 (次元が足りない)
 それでも雑木山をさまようと、
 そちこちに新しい階層があり、
 遠い、記憶のような欠落があり、
 報われなかった思いがある。
 寒くなった。
 身一点、世界を招集すれば、
 逆光の梢は没陽に言葉し、
 開始する、
 見たこともない、
 誰かの距離なのであった。


 
 
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 ■ 猿と月食 (926) 2011.12.15

 
 
 飯舘村から南相馬へ下りる山のカーブに猿の集団がいた。
 こちらを嘲るように、路傍のあちこちで、思い思いにくつろいでいた。
 猿は毛艶が良く、今年の食うことには恵まれたようだった。
 人間どもがセシウムだ、ベクレルだとうろたえていた時、
 猿は山の恵みをたらふくいただいていたのだ。

 あっちの町はカネが下りただの、
 あいつは補償金で遊んで暮らしているだの、
 被災者同士で汲々、啀(いが)み合い、
 虚無と無力、
 どんよりした空気。
  
 猿が嗤うよ!
 イノシシも嗤いながら走っているよ。
 今年は猟師も山に入らないそうだ。
  
 自分の生活が一番大事。
 けれど、震災直後の、
 あの、何かが革まる、何かが新しく生まれようとする、
 あの厳かな空気はどこへいった。

 日々積み重なる暮らしの時間は、
 昨日も今日も変わらぬ関係の牢獄、
 自分の生活が一番大事。
 
 けれど人間の、
 あのたくさんの神話はどこで生まれた。
 詩やうたや、あらゆる美しいものはどこで生まれた。
  
 猿が嗤うよ。
 イノシシも嗤いながら走っているよ。
 山はいつもより豊かだ。
 
 耕作放棄された圃場の上を食の月が煌々と。
 私は数万キロを行ったり来たり。
 月も地球も太陽も、
 孤独な速度で回ります。


 01160026 (640x480)
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